NGCスラブの限界と古代コイン評価について
近年、日本国内では「NGC(またはPCGS)スラブ入り=鑑定済み・本物保証」といった説明文を見かけることが少なくありません。 しかしNGCはスラブに入れた古代コインの真贋を全く保証しておらずこれは間違った説明と認識です。 ここでは、古代コインにおけるNGCスラブの限界と、近年主流の評価基準について、事実ベースで整理します。
1. NGCは古代コインの真贋鑑定を行っていない
NGC(Numismatic Guaranty Company)は世界的なコイン鑑定会社として知られていますが、 古代コイン部門については真贋保証を行っていません。
公式情報の但し書きでは、古代コインに関して 「Authenticity is not guaranteed(真贋は保証されない)」との注意書きがあり、 NGCが行っているのは 状態評価(グレーディング)とラベル表記のみであることが明示されています。
「NGCは有名な鑑定機関だから真贋保証はしていないと言っても、まさか偽物をスラブに入れたりはしないだろう。チェックぐらいはしているはずだし偽物をスラブに入れる訳がない。」と言う考えは危険です。下記事例とNGCの立ち位置を考慮すれば、スラブに入っているから安心とはならない事が理解できます。
2. 偽造コインがスラブ封入された事例(複数)
NGCは膨大な数の古代コインを扱ってきましたが、その過程で偽造コインがNGCでは本物と誤認されグレーディングと共にスラブ封入され市場に流通してしまった事例が複数確認されています。しかも一般のコレクターからの指摘で、後年NGC側が「あ、やっぱ本物だったわ」とミスを認めて対応する始末。※事故率で言えばNGCに比べてPCGSの方が「スラブ入りの変な物を掴まされる率」は多少マシです。
もっとも、一般人が見てもわかるレベルの偽造品は100%スラブに入れられる事はないので安心してください。ここで書いているのはNGCやPCGSレベルを騙し通せた精巧な偽造品の話です。そしてこれが結構存在しています。
事例としては、
- ローマ帝国貨の近代鋳造偽造
- ギリシャ貨のキャスト偽造
- 中世貨の高品質偽造
- 現代中国製の精巧な古代コインの模造品
などがあります。古代コインだけで見ても上記以外にギリシャ銀や共和制デナリウス、東方属州モノなどで誤鑑定した実例がゴロゴロ転がっています。
一部では「偽スラブ」の話題が取りざたされる事がありますがそれとは話が別です。NGCやPCGSが偽コインを本物と誤鑑定してスラブに入れてしまっている事例が多数あるという事です。
海外の古代コイン専門フォーラムでは、 「スラブ入りだが明らかにキャスト偽造」「近年製造された模造品がそのまま封入されている」といった事例が複数検証されておりコレクター間で共有されています。
こうした経緯から、NGCスラブ=本物の証明という考え方は欧米のコレクターや研究者のあいだでは成立していません。
実際のところ話はこれだけに留まらず、NGCは本物の古代コインを逆に贋作と判断してスラブに入れなかったケースも複数発生しています。NGCに送ったら贋作だと言われたけど、後述する本物のプロに鑑定してもらったら真作だった。と言う話は珍しくありません。
3. NGCは古代コインのトップ鑑定機関ではない
NGCが圧倒的な実力と市場支配力を持つのは、アメリカの近現代コイン(モダン)分野です。しかし古代コインの世界では事情が大きく異なります。
古代コインにおける真の権威は、世界各国の大手オークションハウスやそこに在籍する専門のカタログライター・学術研究者たちです。彼らは数十年単位で研究を続けており、真贋鑑定・スタイル研究・来歴調査などについてNGCより遥かに深い専門性を持っています。
以下に代表的な主要オークションを挙げます。
- CNG ※実力と知名度共に世界トップのオークションハウスで客層広め
- Roma ※CNGと並ぶ世界トップのオークションハウスで客層広め
- NAC ※ギリシャとローマの古代コインでは屈指のオークションハウスで客層は大富豪多め
- Leu ※一部ジャンルではCNGを超える専門性を持つオークションハウスで客層は大富豪多め
- Gitbud&Naumann ※価格的にミドルレンジに強く信頼あるオークションハウス
- Künker ※古代コインの専門家が多数在籍する欧州最大のオークションハウス
- Gorny&Mosch ※ミドル~ハイレンジ銀貨に強い歴史あるオークションハウス
- Triton ※別格。CNGのcatalogerが本気を出し切る年1回NYで開催されるフロアオークション。参加者はヨーロッパの旧王族や貴族、各国の超富裕層、中東の王族系、誰もが知る美術館や博物館の代理バイヤー、大学や貨幣学者とそうそうたる面々が夜会然とした会場に集う。一晩で数十億円規模の落札がある。ここに出品されるのはどれもが世界的に希少性が高い古代コインだけ。文字通り「買って寝かせておくだけで価値が爆増する」タイプ。落札されなかったとしても「Tritonに出品されたコイン」と言うだけで強烈な付加価値がつく。NGCのスラブに入った古代コインが出品される事はない。そんな世界。
こうしたトップオークションの専門家つまり古代コインの本物のプロは、NGCの「MS/XF/VF/F」などの基準を古代コインに当てはめることについて懐疑的です。古代コインは1枚ごとに造形が異なるため、近現代コインのように工場で量産された物と同様の機械的なグレードを付けるのは雑すぎると考えています。
古代ローマコインは同じ皇帝、同じ年、同じ造幣所でも
- 刻印の腕が違う
- 打刻圧が違う
- 金属質が違う
- フラン(素材円盤)の形が違う
つまり“同じ物が存在しない”にもかかわらず摩耗だけでランク付けしています。こうして客観的に書くと随分と無理やりな事をNGCやPCGSは行っているなと思いませんか?
実際CNGなどのプロと彼らのオークションで購入する富裕層やハイエンドコレクターは、NGCを「スラブ屋」と揶揄し相手にしていません。彼らからすると「NGCは機械的にプラスチックケースに入れるだけの業者」=スラブ屋と言う扱い。「NGCはモダンでは優秀だが、古代コインはほぼ専門外」と言うのが共通認識です。ですので国際市場でスラブの信頼度はがっかりするぐらい高くありません。
ではなぜ古代コインについては知識も経験も乏しいNGCがこのジャンルにまで手を広げているのでしょうか。
4. NGCが古代コインに参入した理由
NGCが古代コインに参入した理由は専門性でも使命感でもなく、単純に「ビジネスになる」と思ったからに過ぎません。アメリカは世界最大のコイン市場で、そこでモダンコインを卒業したコレクターが古代にも興味を持ち始めると、当然そこに金(かね)の匂いが生まれます。NGCはその流れに乗って、モダンコインと同じノリで古代にもスラブを広げようとしただけです。
ただし古代コインは鋳造方法・地方スタイル・金属組成・来歴などの専門知識が不可欠な分野で、近現代コインの“機械的な点数付け”とは世界が違います。にもかかわらずNGCはモダン用の基準を古代に持ち込み、当然のように誤鑑定やズレた評価を連発しています。その結果、プロのオークションハウス(CNG・NAC・Roma・Leu など)はNGCを「古代コインを理解していない外様」として扱い、真贋や評価の基準として一切カウントしていません。
それでもNGCは古代コイン部門をやめないのか?
やめません。答えは簡単で「初心者層がスラブをありがたがってくれるから」です。偽物が多く訴訟社会のアメリカでは“スラブ=安心”という需要が根強く、入門者向けの補助輪として一定の市場が存在します。NGCはその需要だけを吸い続けている状態で、古代コイン市場の本流である専門家・研究者・ハイエンドコレクターの世界とは別の初心者向け市場で商売していると言えます。
言ってしまえばNGCはモダンでは一流でも古代では完全に場違い。古代コイン市場の本流からは「スラブ屋」としてしか見られていない。これが現実です。
5. グレーディングのインフレと「ドラゴンボール現象」
NGCの状態評価(MS, AU などのグレード)は、本来アメリカ近代コインを前提にした指標です。 しかし古代コインに適用されてしまい、近年は高グレードの乱発によるインフレが問題視されています。
- 明らかな摩耗があるにもかかわらず MS(Mint State)級の点数が付いている
- AU(Almost Uncirculated)の上位グレードが過剰に増えている
- 同レベルのコインでも時期によって採点がぶれる
その結果、かつては希少だったはずの高グレードが市場に大量に出回り、 点数そのものの意味が薄れてしまう「ドラゴンボール現象」が起きていると指摘されています。
6. 欧米コレクターが「スラブからコインを取り出す」理由
欧米のコレクターの中には、NGCや他社のスラブを意図的に割って古代コインを取り出し、裸の状態で保管する人が少なくありません。むしろこのスタイルがスタンダードになりつつあります。
初心者を卒業したコレクターもスラブ入り古代コインから離れ、自然とスラブ入りではない古代コインをコレクションするようになります。
その主な理由は次の通りです。
- 縁(エッジ)の刻印や継ぎ目など、真贋判断に重要な部分がスラブ越しでは確認できない
- 金属表面の質感・光沢・打刻のニュアンスを、直に手に取り直接見たいコレクターが多い
- スラブは収納スペースを圧迫し、長期コレクションの管理に向かない場合がある
- プラスチック製のスラブは傷がつきやすく、傷ついたスラブは非常にみすぼらしく見えるものの取り換えができないので、年々みすぼらしさが加速していく。
- 研究用途ではスラブに貼られたラベルよりも、実物の観察と文献照合が重視される
- クリーニング時についた傷や補修跡、銅貨の場合は後から塗布される事がある偽の着色パティーナの有無が確認できない
公的コレクション(大英博物館・ルーブル美術館など主要機関)においても、古代コインはスラブ入りではなく「コインそのもの」として裸で収蔵・管理されるのが一般的ですし、富裕層やハイエンドコレクターのコレクションも同様です。
7. 評価基準は「美醜」から「同定+学術的解説」へ
近年の古代コイン市場では評価軸が明確に変化しつつあります。かつては表面状態の良し悪し(美醜)が価値を大きく左右していましたが、単に見た目が綺麗なだけの古代コインが大量に市場に出回り飽和しているので、「個々の古代コインが何を語るのか」がより重視される傾向にあります。
実際、NGCによって高グレードが付与されたスラブ入りの古代コインが売れずに市場に溢れています。こうした古代コインは単に状態が良いだけで、希少性や大した歴史的背景を持たない普及品であることが多いです。
従って近年は、以下のような学術的な要素が評価の中心になっています。
- 同定(Attribution):皇帝名・図像・銘文・造幣地・発行年の特定
- 図像解説(Description):表裏の図像が何を意味し、どのような意図で用いられたか
- 歴史的背景(Historical note):発行当時の政治・軍事・宗教的状況との関係
- 文献番号・類例:RIC や Cohen をはじめとする主要カタログとの対応、既知の類例
摩耗が進んでいても、「歴史的に重要な図像」「稀少な造幣地」「特定の事件に結びつく発行」であれば高く評価されることがあります。
8. まとめ ― スラブは“補助情報”にすぎない
以上を踏まえると、古代コインにおけるNGCスラブは 「真贋を保証する絶対的なお墨付き」ではなく、あくまで“状態評価とラベル付けの一形式” として理解するのが妥当です。
- NGCは古代コインの真贋を保証していない
- 偽造コインがスラブ封入された事例も複数確認されている
- 真作コインが贋作とされた事例も複数確認されている
- 高グレードのインフレにより点数の意味は薄れつつある
- 欧米のコレクターや研究者はスラブの有無より実物の観察と文献照合を重視している
- 現在の主流は美醜よりも「同定+学術的解説」を重視する評価軸である
古代コインは、単なる装飾品ではなく歴史資料でもあります。 どの皇帝が、どの都市で、どのような意図をもって発行したものなのか。 その古代コインが、当時の政治・宗教・社会とどう結びついているのか。
こうした点を理解しながら古代コインを手に取ることこそが、 スラブの有無や点数だけでは得られない、 古代コイン収集の本当の醍醐味だと考えています。
そして販売者側としては「スラブ入り」や「美醜高評価」がアピールポイントになりづらい時代になりました。スラブ入り古代コインの転売は、ラベルに書かれている英数字が読めさえすれば知識がなくても誰にでも販売できてしまいます。しかしそうした売り方はもはや通用しなくなっているので、これからは個々の古代コインに対して学術的知見を述べられるかどうかが大きな信頼材料になっていきます。
趣味のコレクションではなく投資や資産形成の一環として古代コインを所有する方もいらっしゃいますが、もし購入価格以上の売却を目指すなら希少性や歴史的背景といった“古代コインそのものの文脈”を見抜ける知識が絶対に必要になります。金貨や銀貨だからなんでもかんでも寝かせておくだけで将来的に価値が上がると言う事はありません。
9. お持ちの古代コインコレクションの真価を知るために
「NGCの鑑定こそが至上で、自身が大枚はたいて購入したNGCスラブ入りの高グレード古代コインには相応の値打ちがあるはずだ。」或いは「スラブ入りなので本物保証されていると思って購入したけど・・・NGCやPCGSでは真贋保証はしていないので本当にこれは本物なのだろうか?」
この様にお考えの方は、一度CNG・Roma・NAC・Leuといった世界的オークションに送って本物のプロに見てもらうことを強くおすすめします。“値打ちがあるはず”ではなく、実際の価値がどうなのかを専門家が丁寧かつ正確に教えてくれます(贋作の場合はそれについても教えてくれます)。これらのオークションハウスはオークション部門の手数料で収益を得るため、送料こそ必要ですが鑑定そのものは無料です(ただしオークションへの出品または買い取りが前提となるのと、ここまでに書いた理由からスラブは評価されないので100%割られます)。
もし本当に価値あるコインであれば、彼らのほうから「ぜひ当社で出品してほしい」と打診が来ます。材質に掛からわず希少性があればかなりテンション高めのメールが来る事もあります(実体験より)。
さらに超級品であれば年に一度の特別フロアオークションTritonへの出品を提案されます。承諾するとフルカラーのカタログで紹介され、世界中の大富豪・王侯貴族・美術館・大学の研究者の目に触れることになります。これは古代コインにおける最上級の栄誉であり、その個体が真に“逸品”である旨の世界的な証明です。銀貨・銅貨でも数百万〜数千万円、金貨であれば数億円で落札されることも現実にあります。
もちろん売りたくない場合は申し出を断れば、勝手にオークションに出品されるはありません。
そもそもCNGなどに送る際は事前連絡の段階で写真の提出を求められますが、希少性が低く市場価値の高くない普及品であればNGCのMSやAUグレードのラベルが貼られた金貨であっても「出品しても買い手がつかないためお預かりできません」とお断りされます。
価値あるものとそうでないものとの温度差は驚くほど大きいですが、本当の古代コインの世界ではこの判断がすべてです。スラブに貼られたラベルの点数ではなく、個体そのものが持つ価値で扱いが決まります。ご自身のコレクションに自信があるのなら、是非一度プロに見てもらってください。本当の価値を知る最も確実で公平な方法です。
10. この手のセールストークには注意しましょう
最後になりますが、一部の古代コイン販売業者が使う「金貨だから安心」「銀貨だから価値がつく」「高グレードだから希少性が高い」と言ったセールストークには特に注意してください。
古代コインの世界では材質やグレードよりも、出自・希少性・スタイルのほうが圧倒的に重要です。普及品はどれだけ時間をかけても普及品のままであり、金貨だから銀貨だからと言う材質やラベルに貼られた点数が将来的な価値や値上がりを保証してくれることはありません。
また、「鑑定枚数が少ない=希少」と言った宣伝文句を見かける事もあるかもしれませんが、鑑定枚数は市場に現存する枚数そのものを示すものではありません。むしろ価値がない古代コインほど誰もわざわざ費用をかけて鑑定に出さないため、結果的に鑑定枚数が少なくなります。※NGCやPCGSでのグレーディング(美醜評価とスラブ化)は有料です。鑑定料、送料と返送料、場合によっては保険料、代理業者を使うなら代行手数料と1枚あたりかなり高額な費用がかかります。
余談ですがスラブ入りの金銀銅貨古代コインを購入する際、販売者が「スラブ入りなので100%本物保証です」と言っている場合は法的にアウト寄りです。「NGC鑑定済みですが将来的に再鑑定で偽物と判断される可能性があります」これがスラブ入りを販売する際の標準的なセールストークになります。この辺りをどう言うか?でコイン商など販売者の知識と良識が推し量れるので是非参考にしてみてください。
古代ローマコインを楽しむうえで本当に大切なのは、出自・希少性・スタイル>>>状態という基本です。この視点を持つだけで、コレクションの質と満足度が大きく変わります。